もともと、4月11日の旅団結団式において、「今度は宮城に入りたい」という旅団長要請を、参加者みんなで拒否、原発事故で焦点になっている「いわきへ行く」と言い張って、参加旅団員は旅団長の言を聞きゃしない。
でも、おそらく正解でした。いまこそ、福島を自分たちの目に焼きつけ、話を聞いておかなければならなかったのです。
ウシトラ旅団は、「被災者ならどんな人でもできるだけの支援をする」をひとつの軸にしました(もうひとつは、「被災地の再生を担うべき団体や個人を意識的に支援する」です)。
その中で、たった一つだけ、運動体として立場を鮮明にすることとして、「脱原発にむけての運動に参加する」が決められていました。
いま、ウシトラ旅団は緊急にやるべきこととして「福島を救え!」「子供たちの命を守れ!」を掲げています。そんなわけで、福島いわき市へ向かったのでした。
作戦目的は、小名浜の労働者のメーデーに参加して激励。その後は、被災地を視察して、避難所を訪問、その後、原発問題を学ぶために脱原発いわき市議として全国区になってきた佐藤議員にお話を伺うというものです。
今回は、メーデー乱入の報告記事です。
ウシトラ旅団5.1いわき小名浜作戦実行隊は、車両2台で14人で編成。朝、6時に練馬からソメビン隊が、6時30分には川口から輜重輸卒鶴翼隊が出発。
川口出発隊は、ありがたくも輸卒のプロであるミヤシタ隊員が作戦策定中に、車両つきで志願してくるという僥倖。旅団長は天の助けに泣いたね。
稚拙なる運転技術のミツトシ隊員をすぐさま解任、ミツトシ隊員を名前だけの隊長に祭り上げ、ミヤシタ隊員を車両長として最強輸卒部隊を作ったのでありました。
ソメビン隊には、今回作戦展開の鍵を握るマイペースの森田貢さん、出たとこ勝負にめっぽう強いミュージシャンみいきしゃんが、そして無能なる旅団長が乗車。
すでに森田さんはソメビン宅に前夜より待機して、ソメビン隊員は、二人の実力音楽家相手に、酒とかつおでノーギャラ参加の約束をとりつけるいう殊勲甲。
ほんとに森田さん、みいきさん、ありがとう!! ウシトラの貧乏ぶりにちゃんと応えてくれました。
一方の川口出発隊は、編集者、ウェブデザイナー、新聞記者、電気設備屋などのおじさんに、直前に志願してきたボランティア活動センターの女性が一名。なかなかに誇れる部隊となった。
目指すは小名浜横町公園! 小名浜地区労中心の実行委員会が開催する82回メーデーへ乱入だぁ。
★小名浜のメーデー
行ってみれば、すでに集会は始まっており、あな、遅かりし由良の介なんて言ってるまもなく、お茶とお菓子のサービスをセッティング。かと思えば、旅団長が用意するはずのコンロのボンベがない。
「あんたね。鉄砲、あっても弾無しじゃ、戦闘はできんとばい!」という冷たい視線。直ちに有能なる旅団長付テラ隊員がスーパーへ走り、補給をして事なきを得たのでありました。
集会は300人の参加者。聞いていたより、ずっと多い。とりわけ全港湾あたりに兄ちゃん風の青年部隊が集い、「いやぁ、いいなぁ」と、おじさんばかりのウシトラは思う。
辛くても、こんなときこそ、労働者は先頭に立って人々を励まさなければ。
原発事故を許さない! 首切りを許さない! と声を上げなきゃ。
小名浜メーデー実行委員会のアピールを紹介したいのですが、それにHPなどでいきつきません。
かわりに、いわき自由労組のメーデーアピールが読めます。どうか、読んでください。
http://blog.goo.ne.jp/ff52kamatonkachi/e/fbe6caca3678c065bf299131086ad98e
集会の終わり近く、ウシトラ旅団を紹介していただいて、少しの挨拶と旅団が誇る森田・みいきしゃんのターギニカピア隊が登場、一緒に歌を歌ったのです。
旅団長の訓示(?)は旅団員にはまことに不評でありました。
「べしゃりすぎ」「んぁにアジっとるんだ」。
旅団長はこたびの被災者に「頑張れ!」と、いま、ぬけぬけと無神経に言うことに反対です。
しかし、このメーデーに参加している、とりわけ若い組合員のみなさんに、あえて
「いま、ここで頑張らなければいつ頑張るのか! 労働者が被災者の利益を守り、労働者や漁師のみなさんが元気にならずして小名浜は再生しない。ほんとに手をつないで生きられる未来をたたかい取るんだ!」と喚きました。
首切りにさらされても、仕事を失っても、組織されている労働者は、自分のためだけでなくたくさんの人々のためにたたかうべきと考えるからです。
結局、その責務をまっとうすることが、自分たちの利益を守ることにもなると、深く信じるからです。
おっとマジメに言い過ぎた。旅団長の芸風ではなかったが、ま、たまには許せ。
ターギニカピア隊は、♪青春時代の真ん中で~、と歌い、♪もう何度も小名浜へ行きましたね、と歌い、そして♪ああ、インタナショナールゥ~ われらがものぉ、と歌いました。
森田さんもみいきさんも、生まれて初めて歌ったインターでした。
おじさんたちは正しく立ち上がり、肩を組んで歌いましたが、若い衆は、ぽかんとしていました(笑)。
でも、いいじゃないか。ここからだよ。
★デモ行進
メーデー参加の組合には、震災・津波で犠牲者を出した組合もありました。
家族を亡くした方もいます。それでも、喪に服すだけでなく、あえてデモもやって小名浜で声を上げようという勇気ある決断をしました。
私たち旅団員も彼らの決断に敬意をもって、デモにも参加させてもらいました。
「福島に原発はいらないぞ!」
「ミツトシは孫がかわいいぞ! 孫に放射能入りの牛乳はいらないぞ!」
「原発は日本中、どこにもいらないぞぉ!!!」
「東京はちょっとくらい暗くてもだいじょうぶだぞぉ! 暗いと美人も多くなるぞぉ!」
まだ、小名浜は、う~ん、古きよき組合コミュニテイがあるともいえるし、そこにとどまっていてはアカンでしょ、とも旅団長は思うんよ。
がんばれ! 若い衆。未来は君らがつくるのだっ!
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