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2014年9月26日金曜日

若い衆、頑張れ! これからが楽しみだぞ


●変わってきたということ

8月9月と青少年たちと付き合ってきました。
大震災と原発事故から3年半が経ち、何かが大きく変わろうとしているように感じます。
私達が関係を結んできた仮設住宅の変化は誰の目にも明らかです。
それぞれに決断し、ここから出て、新しい生活に入る人が増え、仮設住宅に住む人の数はどんどん減ってきています。それを見ながら「私はここに残って、最後の一人がどうするのか、見届けます」という人もいます。


行く道が各自にいま違っていても、どこか「性根を据えて」の表情が避難者たちに浮かんでいるのです。
「避難者は疲れている」は間違いではないにせよ、もっと重要な変化について、捉えておかなければならないという気がするのです。

実は、3年半の時の経過で、私達が浜通りの人々と積極的につなごうとしてきた「外の人たち」の変化を確実に感じます。

「遅いよ」とはいうまい。確実に変わってきていることのほうが重要。
一例をあげれば、よく言われる「関西では原発事故の問題はすっかり忘れられている」ということばとは裏腹に、実は今年はずいぶんと関西から自主的にやってきた人たちを浜通りを案内し、福島のさまざま人たちの話を聞いてもらう活動が多かったのです。

もともと私は「風化なんていう前に、やることがあるだろう。それをやりきっていないじゃないか」の立場ですから、「ふくしまを忘れない!」なんてスローガンが集会などに掲げられているのをみるたび、個人的にはちっともいい気分じゃないのです。


われらウシトラに引き寄せて思い返せば、ホントに力がなくて、一人ひとり顔が浮かんでくる人たちに申し訳なくて、それでも、力がなくてもできることをやるしかない、と具体的なことに取り組むことに、ない力を注いできました。
そんなわけで、「とにかく現地を見たい、話を聞きたい」という人達が増えてきたことに、いい意味での変化と可能性を見てきたのでした。

●関西の学生さんたち

同志社大学と大阪大学の学生さんたちは、昨年から何度か浜通りに入ってきています。
「3.11関西学生ネットワーク」というサークルだそうで、今年はたくさんの新入メンバーが揃ったそうで、その人達が自分たちでプランをつくって学びに来ております。



全国から被災地に入り、ボランティアやフィールドワークをやっている学生さんたちは多いのですが、より深く福島の現実に踏み込もうという意欲を感じさせる人たちでした。
もちろん、おじさんからする「不満」は数多く(笑)、「もっとちゃんと現実を構造的、社会的な問題として捉えてくれ」とついお説教をしたり、「お前の気持ちなんか二の次だ。福島に比べれば、そんなもん鴻毛より軽いんだ」なんてことを口走りそうになったりするのです。

それでも、彼らの継続性と、それによる思考の深まりはなかなかのものだと思います。
今回の行動をリードしたのも、今年の春にやってきて、そのまま福島に停滞し、大沼高校演劇部の「シュレ猫」郡山公演を手伝ったり、除染労働者の話を聞いたりしていたK君だったようです。

都路と川内村の境。放射性廃棄物の焼却炉建設問題を抱える。


8月にやってきた女子学生は、予定の行動を終えてから、一人で数週間にわたり福島を歩き回っていました。何かを得るためには、こんな旅がいちばんです。
きっと、ここから私達ウシトラ旅団のおじさんたちとはまったく違った発想と行動が生まれてくるに違いありません。
たぶん、関西で、福島とつながるイベントや活動をやってくれると思いますので、関西のみなさん、協力してやって下さい。




●大沼高校演劇部もまた動く

『シュレーディンガーの猫』で注目を浴びた大沼高校演劇部は、震災から三年後を描く劇にいま取り組んでいます。あのラストで「自ら生き抜く!」の決意を、涙と沈黙の挙手で示した弥生ちゃんの三年後の姿です。
福島が抱えた三年間の社会的な困難の中で、痛めつけられた女の子に弥生ちゃんは接していくのです。舞台は学校に行かない(行けない)子たちが集まるフリースクール。
フリースクールはその名も『パラダイス』といいます。
台本を見てニヤリとしてしまいました。大沼高校演劇部が昨年夏に『シュレ猫』を連日演じたのが下北沢の「楽園」でしたもの。あの公演を支えたおじさんたちには、うれしい話です。



さて、この新しい劇のために、演劇部の子供たちは、避難者たちから聞き取りをしているのです。仮設住宅に入り、話を聞き、泣きべそをかいて帰ってくるそうです。
昨年、彼らの先輩は、この仮設住宅の避難者の前で「やっていいのか?」と悩み、緊張しながら『シュレ猫』を演じていました。。
「被災者が特別扱いされているようで、わたし嫌だな」という台詞を声が震えてうまく言えない、とこれまたホントに泣きべそをかいていたのです。
終わってみれば、「よく私たちの心のうちを言ってくれた。ありがとう」と励ましを受けて、そこで得た自信をもって下北沢へと向かったのでした。
だから、あの劇は、避難者・被災者に励まされて完成した演劇だったともいえます。
いま、もう一度、避難者から話を聞きこんで、新しいところへ演劇部のメンバーは進もうとしています。
新作の稽古。弥生ちゃん役だけが以前の彼女だ。


10月12日には、私たちが入り続けてきたいわき市にある泉玉露仮設住宅に、来てくれるそうです。
「せっかくだから寸劇でいいからやってもらえません?」の要請に、顧問の先生は「おうよ!」と答えてくれました。
一緒に演劇を楽しみ、そして、話を聞かせてもらう、の行動にいたします。
興味のある方、午後2時から開始、20分位の短い劇だそうですが、よかったらどうぞ。
泉玉露仮設住宅は常磐線泉駅から見える仮設住宅です。

阪大・同志社の学生さんと大沼高校演劇部のみなさん

大学生や高校生の磨けばひかる珠のような子たちとウシトラ旅団は出会っています。
彼ら若い衆が自分たちの方法で、状況を切り拓いていくことを応援したい。
そうやって、福島とともに生きる道を辿って行きたいと思うのであります。

ではでは、大沼の『シュレ猫』オリジナルメンバーで、部長だった田口くんの元気な姿にエールをもらいましょう。
大学祭で演劇「蒲田行進曲」のヤスという大役を演じ終えたばかりの田口くんです。